| 明治38年3月 |
札幌市南2条東3丁目西向に日の出屋の屋号で創業者小林弥三八菓子業を始める。 |
| 大正3年9月 |
札幌市南2条西3丁目本通東向に移転し屋号を三八として菓子店を開く |
| 昭和16年11月 |
有限会社三八商店として法人化。初代社長小林弥三八。 |
| 昭和25年5月 |
有限会社三八商店を株式会社三八に組織変更する。資本金30万円。 |
| 昭和42年4月 |
東京都新宿区須賀町2に東京営業所を開設する。 |
| 昭和45年7月 |
「熊五郎さっぽろ生ラーメン」生産販売開始。みそ味、しょうゆ味の2種類がおおば比呂司氏のイラストで「熊五郎」として親しまれるラーメンシリーズの先駆けとなる。 |
| 昭和46年10月 |
東京営業所を東京都新宿区西新宿7-10-10城ビルに移転する。 |
| 昭和50年5月 |
ユニークなパッケージ(熊五郎さっぽろ生ラーメン)が熊五郎シリーズに加わる。 |
| 昭和50年9月 |
拡販体制を一層強化するために、同住所内に株式会社東京三八を設立する。資本金1000万円、初代社長小林平八。 |
| 昭和51年2月 |
大阪天王寺区本町5-1-5上六新興産ビル内に株式会社東京三八大阪営業所を設置する。 |
| 昭和52年3月 |
熊五郎ラーメン製造の直営工場として、東京都杉並区高井戸東3-14-33に、株式会社三八フーズを設立。資本金1000万円、初代社長小林和夫。 |
| 昭和52年7月 |
新商品熊五郎焼きそば、味付けメンマを発売。 |
| 昭和54年8月 |
株式会社東京三八を東京都杉並区浜田山3-35-31に移転する。 |
| 昭和56年9月 |
熊五郎本舗讃岐うどんを発売。 |
| 昭和57年7月 |
東京物語本舗商標登録。「東京焼きそば」むかし味「東京ラーメン」を相次いで発売。 |
| 昭和63年7月 |
株式会社東京三八を杉並区上高井戸2-13-23に移転、同時に配送業務充実のために低温流通センターを設置し、東京配送センターとする。 |
| 平成 3年8月 |
東京三八大阪営業所においても、配送効率化のため低温流通倉庫を設置し、大阪配送センターとする。 |
| 平成 3年9月 |
「熊五郎さっぽろ生ラーメン」を全面リニューアル、平袋タイプを発売する。麺及びスープの改良も行い一層の販売促進に取り組む。また、産地直送の本場の味を「麺風情」シリーズとして発売するなど、全国の名産麺を一手に取り扱う総合食品卸としての基礎を築く。 |
| 平成 5年10月 |
副社長小林和夫が社長に就任。 |
| 平成 9年3月 |
賃貸契約満了により熊五郎本舗東京工場(三八フーズ)を閉鎖し熊五郎生ラーメンの生産を協力工場に委託する。 |
| 平成 9年4月 |
専務小林孝三が会長に、常務神野浩が社長に就任。広島オタフクソースを添えた「広島風焼きそば」「熊五郎ラーメン1食」「熊五郎乾燥ラーメン」等、新規開発商品を続々と市場に投入し、景気低迷の中更なる拡販に挑戦。 |
| 平成11年3月 |
熊五郎ラーメン発売30周年記念ご奉仕セール全国展開し好評を博す。 |
| 平成12年10月 |
資本金を2000万円に増資。 |
| 平成15年1月 |
麺処本舗シリーズで「深大寺そば」「茶そば」「麺風情茶そば」「熊五郎つけそば」「富貴専門店ラーメン」等相次いで発売。 |
| 平成17年4月 |
株式会社三八常務取締役小林久高が社長に就任。 |
| 平成18年5月 |
株式会社東京三八を調布市佐須町2-31-1の熊五郎製造委託工場隣地に移転、一層の効率化を図る。 |
| 平成18年12月 |
新たな試みとして、東京三八ブランドにて蒸しケーキ『シフォンロール』を開発。羽田空港内にて限定販売開始。 |
| 平成19年10月 |
JAL機内誌の記事広告にシフォンロールが採用され、国内4空港にてキャンペーン販売。大きな反響をいただく。 |
| 平成20年3月 |
熊五郎ブランドにて、新商品つけ麺、硬焼そば、柔らかチャーシューを相次いで発売。消費低迷のなか、拡販に努める。 |
| 平成20年6月 |
東京駅構内南コンコースにて、東京シフォンロールを1ヶ月間試験販売。 |
| 平成20年9月 |
ヤマトホームコンビニエンス様のカタログ「デリバリープラス」に東京シフォンロールが採用される。 |
| 平成21年1月 |
JR赤羽、錦糸町を皮切りに、JR東日本リテールネット様の”マンスリースイーツ”に北海道スイーツ菓か舎ブランドにて参画。ご好評を頂く。 |